01/11/2025

【Part 1 - ①】大手ソフトウェア企業によるM&Aが失敗しがちな理由とは?

a man with glasses is looking at a laptopコンヴェクィティ  コンヴェクィティ
  • 本稿Part 1では、大手ソフトウェア企業によるM&Aが失敗しがちな理由に関して詳しく解説していきます。
  • ソフトウェア業界におけるM&Aは、急速な適応の必要性によって推進される一方、統合の課題や過剰なプレミアムの支払いにより、株主価値の低下を招くことが多いです。
  • 買収企業は、成熟企業に対する高額なプレミアムや、高成長だが収益性の低いスタートアップへのリスクの高い投資といった、ターゲット企業選定の難しさに直面しています。
  • 成功するソフトウェアM&Aには、文化的・運営的なシナジーの実現、慎重な評価、そして統合における確かな実績が必要であり、これらを欠くと高額な失敗につながる可能性があります。
  • そして、続編であるPart 2では、ソフトウェアM&Aにおけるよくある落とし穴について詳しく解説していきます。これには、不十分な計画や実行、トップダウンのストーリーと現場の実情との不一致が含まれます。

大手ソフトウェア企業によるM&Aが失敗しがちな理由

ソフトウェア業界におけるM&A(企業の合併・買収)は、デジタル分野の拡大と業界の成熟を背景に、独自かつ急成長するカテゴリーとして注目されています。従来、投資家はソフトウェア業界を慎重に扱う傾向がありました。物理的な資産がバランスシートに明確に記載される伝統的なビジネスと比較すると、ソフトウェア企業は無形資産に大きく依存しており、知的財産(IP)に具体的な価値を割り当てることが難しいためです。

しかし近年、投資家の間ではソフトウェア業界が価値ある正当なビジネス分野として認識されるようになってきました。その一方で、ソフトウェア企業特有の会計処理や評価方法における課題があることも事実です。実際、ソフトウェア企業は他の業界には見られない独自の特徴と複雑性を持ち、M&Aに関与する関係者に追加の課題をもたらしています。

市場を観察すると、大規模なソフトウェアM&A案件では、買収企業の株価が大幅に下落するケースがしばしば見られます。従来の企業財務理論では、買収企業が株主価値の一部を失う可能性があるとされてきましたが、ソフトウェアM&Aの歴史的な実績は、投資家にさらなる懸念を与える要因となっています。

大手ソフトウェア企業は、急速に変化する技術のダイナミックな環境の中で、新たな需要に応じたアプリケーションを一から構築することが現実的でないというジレンマに直面しています。そのため、必要なソフトウェアを買収することで競争力を維持し、場合によっては生き残る道を選ばざるを得ません。しかし、ソフトウェアの統合プロセスは非常に困難であり、統合が始まるまでは多くの課題が予測できないのが現状です。このような相反する要因が、ソフトウェア業界のM&Aを非常に興味深いものにしています。M&Aは続けざるを得ない一方で、多くの場合、株主価値が増加するどころか減少する結果となるのです。

本稿では、ソフトウェア業界におけるM&Aに影響を与える主要な要因を分析し、これらの取引が成功を収めるのが難しい理由を探っていきます。

M&Aの事前準備

ターゲットプロファイル:手頃な価格で買収可能な企業

大規模なソフトウェアM&Aにおける最大の課題のひとつは、買収対象となる企業が必ずしも最高品質の企業ではなく、内在的な制約を抱えていることです。

一流のソフトウェア企業は滅多に売りに出されない

業界をリードするソフトウェアやテクノロジー企業の多くは、その創業者が主導していることが多く、どんな価格であっても売却する意思を示さない傾向にあります。創業者にとって、これらの企業は自身の人生の延長線上にある存在であり、売却する動機がほとんどないためです。たとえば、2007年にマーク・ザッカーバーグ氏が、当時収益がわずか1億5000万ドル程度だったフェイスブック(META)に対し、マイクロソフト(MSFT)が提示した150億ドルの買収提案を断ったのは、その好例です。

創業者が売却に興味を示した場合、買収側としては、その意図が純粋なものであるのか、それとも単に戦略的に会社を手放そうとしているだけなのかを慎重に見極めることが重要です。特に、創業者が合併後の企業に留まり、革新を続ける意思や長期的なビジョンを追求し、売上を伸ばしていく姿勢を示しているかどうかは、M&Aの成功を評価する上での重要な要素となります。

一方で、買収側と創業者のビジョンが大きく異なる場合には、統合プロセスにおいて複雑な問題が生じる可能性があります。

成長の鈍化したキャッシュフロー優良企業へのプレミアムはリスクが高い

買収企業は、確立された顧客基盤、安定した収益、健全な利益率やキャッシュフローを持つターゲットを求めることがよくあります。このようなソフトウェア企業は、すでに成長のピークを過ぎ、成熟期にあるため、評価額が数十億ドル規模に達しています。しかし、これらの企業は高成長期や価値創造のフェーズを終えており、現在はリターンが低下する時期にあります。このため、買収側が支払うプレミアムを正当化し、その費用を回収することは難しいのが現実です。

それにもかかわらず、さまざまな利害関係者からの圧力や統合に伴う課題を十分に理解していないことから、しばしば過剰なプレミアムが支払われてしまうことがあります。この結果、買収直後から投資回収率(ROI)の観点で不利な状況に陥り、M&Aが出足からつまずくリスクを抱えることになるのです。

成長性は高いが収益性が未証明の企業へのプレミアムもリスクが高い

若いソフトウェア企業は、高い成長率を誇る一方で、競争相手に先んじて市場を獲得するためにS&M(セールス&マーケティング)費用を多額に投じており、その結果、利益率やキャッシュフローが大幅にマイナスになることが一般的です。しかし、ターゲット企業が競争相手を抑え込み、自社の「堀(参入障壁)」を構築できなければ、S&M費用は高止まりし続け、収益性への道筋が不透明なままとなります。

SaaS時代において、買収企業や投資家は評価の際にARR(年間経常収益)、DBNR(既存顧客売上維持率)、CAC回収期間といった代替指標を参考にすることが多く、従来の指標だけでは十分でない場合があります。しかし、これらの指標に過度に依存すると、最終的に重要なのは収益性とフリーキャッシュフローへの道筋であるため、重大な損失を招くリスクがあります。

高成長だが赤字の深いスタートアップを成功裏に買収した例としては、2012年にメタ・プラットフォームズ(当時のフェイスブック)がInstagramを買収したケース(収益がないうえに多額の営業損失を抱えていたスタートアップ)、2006年のグーグル(GOOG)によるYouTubeの買収、2016年のマイクロソフトによるLinkedInの買収などが挙げられます。

一方で、高成長ながら赤字のスタートアップを買収して失敗した例には、2013年にYahooが11億ドルで買収したTumblr(2019年にAutomatticにわずか300万ドルで売却)や、同じく2013年にマイクロソフトが72億ドルで買収したノキア(NOK)のデバイス&サービス部門(その後、マイクロソフトが損失計上しスマートフォン市場から撤退)が含まれます。

ソフトウェア統合は大きな課題を伴う

物理的な製品とは異なり、異なる企業のソフトウェアシステムを統合して一つのアーキテクチャにまとめることは非常に困難です。それぞれのソフトウェア製品は継続的なアップデートを通じて独自の「技術的負債」を蓄積しており、時間が経つにつれて統合がさらに複雑になります。

買収側は次のジレンマに直面します。統合を優先し、開発リソースの大半をシステムの再設計に充てる代わりに新製品開発を犠牲にするか、それとも統合を後回しにし、買収対象の製品をそのまま販売とマーケティングに注力するか、です。しかし、後者の場合、システムが分散化し、ユーザー体験が最適化されないことで長期的な勢いを失うリスクを抱えることになります。

このような統合の課題を象徴する例として、マイクロソフトによるノキアのスマートフォン部門の買収や、グーグルが2012年に125億ドルでMotorola Mobilityを買収したケースが挙げられます。これらのテック大手は、アップル(AAPL)のiPhoneのようなハードウェアとソフトウェアが統合されたモデルを模倣しようとしましたが、統合に必要な時間やリソースを投入することを避け、買収した事業をそのまま運営し続けました。その結果、これらのM&Aは失敗に終わったのです。

買収企業の特徴:リスクを避けて成長を求める姿勢

買収対象企業の制約だけでなく、大規模なソフトウェアM&Aにおける買収企業側にも、株主利益を阻害する弱点が存在します。

・創業者主導のリーダーシップが欠如し、敏捷性とビジョンが不足

多くの買収企業は創業者ではなく、プロの経営者によって運営されており、「起業家精神」よりも「管理主義」が優先される文化が根付いています。このような状況では、組織が重く動きが鈍くなる傾向があり、買収された企業の優秀なリーダーたちが複雑な管理層の下に埋もれ、標準的な買収後の期間を過ぎると退職してしまうケースが多く見られます。

・成長の近道としてM&Aを利用

多くの買収企業にとって、M&Aは成長のための迅速な手段を意味します。特に、EPS(1株当たり利益)や収益といった指標に基づいて報酬が決まる経営者にとっては、M&Aや財務再編によってこれらの指標を一時的に引き上げることが可能です。しかし、これらは本来のイノベーションとは異なり、株主に持続可能な価値をもたらすことはできません。

成長の近道としてM&Aを利用した典型例として挙げられるのが、2010年代のYahooです。同社は、他のより革新的な企業が内部で開発できる技術を次々と買収しました。このイノベーションの喪失は、創業者ジェリー・ヤンが2012年に退任し、グーグル出身の人材が経営陣に加わったことに起因するともいわれています。結果的に、数十億ドルを費やして買収した多くの技術が最終的に廃止され、最も失敗した例としては、2013年に11億ドルで買収したTumblrが挙げられます。このTumblrは2019年にAutomattic(WordPressの親会社)にわずか300万ドルで売却されました。

・トップテクノロジー企業の成功は「社内開発を優先する戦略」に支えられており、このアプローチはM&Aに依存する企業にはしばしば欠けている

アップル(AAPL)、テスラ(TSLA)、アマゾン(AMZN)といった業界リーダーは、創業者が率いる企業が、買収ではなく、社内のイノベーションを通じて持続的な成長を達成する傾向があることを示しています。一方で、自社製品やソリューションを通じて長期的な価値を構築するのではなく、即時的な収益を目指してM&Aを成長の近道として利用する企業には、こうした有機的な成長の姿勢が欠けています。もし買収対象の企業が内部でのイノベーションを生む文化と能力を持っている一方で、買収企業がそれを持たない場合、両者の間で摩擦が生じ、シナジーの実現が妨げられる可能性が高いです。

・買収企業の取締役会に見られる保守的な姿勢とビジョンの欠如

多くのケースで、買収企業の取締役会はリスク回避的で、ゲームチェンジャーとなるような大胆な決断よりも慎重な判断を好む傾向があります。たとえば、2005年にインテル(INTC)の取締役会は、エヌビディア(NVDA)の買収を却下しました。当時のインテルのCEOやCTOが支持していたにもかかわらず、エヌビディアのCEOであるジェンセン・ファン氏が提示した条件、つまり200億ドルの価格とインテルのCEO職を引き継ぐという条件を受け入れられなかったのです。その後、CTOであったパット・ゲルシンガー氏がGPU分野への投資を推進しようとした際も、取締役会に過小評価されて却下され、最終的に彼はインテルを退社することになりました。今日に至るまで、インテルはこのような保守的な姿勢と限られたビジョンのツケを払い続けています。

次章では、経営陣に関する問題やバリュエーションサイクルに関して詳しく解説していきます。

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※続きは「【Part 1 - ②】大手ソフトウェア企業によるM&Aが失敗しがちな理由とは?」をご覧ください。


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