01/11/2025

【Part 1 - ②】大手ソフトウェア企業によるM&Aが失敗しがちな理由とは?

New York Central Parkコンヴェクィティ  コンヴェクィティ
  • 本稿Part 1では、大手ソフトウェア企業によるM&Aが失敗しがちな理由に関して詳しく解説していきます。
  • 多くの経営陣は買収時に自己利益を優先し、長期的な視点でのソフトウェア統合課題を軽視する傾向があり、これが事業成功の妨げとなる場合があります。
  • 市場の変化に適切に対応できなければ、企業は競争力を失い、変化を促すタイミングが遅れた場合には修正が困難になり、最終的に深刻な市場損失に直面する可能性があります。
  • ソフトウェア企業の買収はタイミングと成長段階を見極めることが重要であり、適切な時期を逃すと過大なコストが発生し、投資効果が減少する可能性が高まります。

※「【Part 1 - ①】大手ソフトウェア企業によるM&Aが失敗しがちな理由とは?」の続き

前章では、M&Aの事前準備や買収企業の特徴に関して詳しく解説しております。

本稿の内容への理解をより深めるために、是非、インベストリンゴのプラットフォーム上にて、前章も併せてご覧ください。

経営陣:自己利益の優先

CEOは、買収の目的について正直であるべきです。もしM&Aの目的が、自己利益(例えば、高額な報酬)を得るための短期的な収益や利益の確保であるならば、両社のソフトウェア基盤の互換性についてほとんど考慮されていない可能性が高く、それが長期的には事業に悪影響を及ぼすでしょう。

残念ながら、多くの場合、CXOチームは新興市場への足掛かりを得たいと考え、買収を進めたがるものの、そこで発生するソフトウェア統合の課題を理解せず、あるいは聞き入れようとしません。特に、買収企業が非常に大規模化し、創業者が経営から退き、代わりに予算管理や企業ルールに長けた経営陣が運営するようになった場合に、この問題は顕著です。こうした経営陣は、ソフトウェア統合の課題を理解するための技術的な専門知識を持たず、結果的に長期的な成功を妨げる原因となることが少なくありません。

典型的な大規模ソフトウェアM&Aの物語

技術環境が変化し始めるとき、先見性のある開発者の一部は市場の変化を察知します。しかし、こうした洞察を組織の上層部に伝えることができない場合が多いです。その理由として、中間管理職や上司が自身の快適な職場環境を壊されたくないと感じたり、市場の変化がもたらす潜在的な影響を理解できなかったりすることが挙げられます。また、組織内の政治的な力関係が変化への抵抗を引き起こす場合もあります。

このダイナミックを象徴する強力な例が、ズーム・コミュニケーションズ(ZM)の創業者兼CEOであるエリック・ユアン氏です。ユアン氏は元々シスコシステムズ(CSCO)に勤務しており、同社のWebExソフトウェアの限界を認識するとともに、より優れたクラウドネイティブなビデオ会議ソリューションを構想しました。しかし、彼の先見性にもかかわらず、シスコシステムズの経営陣を説得することはできませんでした。シスコシステムズはWebExから得られる安定したキャッシュフローを守ることに注力し、不確実な未来を伴う新プロジェクトにリスクを取ることを避けたのです。

支援を得られなかったユアン氏は、2011年にシスコシステムズを退職し、ズーム・コミュニケーションズを創業しました。その後、ズーム・コミュニケーションズはビデオ会議市場を再定義する企業へと成長します。2020年には、ズーム・コミュニケーションズがWebExを追い抜き市場のリーダーとなり、シスコシステムズは危機的な状況に陥り、失った市場シェアを取り戻すために苦闘することとなりました。しかしその時点ではすでに手遅れで、ズーム・コミュニケーションズは明確な市場リーダーとしての地位を確立していました。

市場が進化し続ける中、企業が適切に対応しない場合、最終的には上層部の管理職が製品と市場の適合性が悪化していることに気づくことがあります。しかし、その時点では変化を起こすことが極めて困難になっています。ソフトウェアには数万行に及ぶコードが含まれており、その多くは明確な注釈や説明がないことが珍しくありません。たった1行のコードを誤って変更するだけで、アプリケーション全体が機能しなくなるリスクがあり、大規模な変更は非常に困難でリスクの高い作業となります。大手ソフトウェア企業にとって、たった24時間のダウンタイムでも深刻な評判や財務的なダメージをもたらす可能性があるため、市場の変化を無視し現状維持を選ぶ方が安全だと感じることもあります。

さらに、企業の売上高がまだ顕著に悪化していない場合、大胆な変革を促すことは非常に難しいのが現実です。市場が変化し始めた際、新時代を受け入れるのは最も適応力の高いアーリーアダプターの顧客だけであり、多くの既存顧客からのキャッシュフローはすぐには影響を受けません。その結果、企業は「波風を立てる」ことを避け、自社の運営を乱すリスクを取ることに躊躇する傾向があります。しかし、顧客が新しいソリューションに移行し始めると、変革の必要性が一気に高まります。ただ、その時点ではすでに手遅れであることが多く、シスコシステムズのWebExが苦い経験を示したように、その代償は大きなものとなります。

前述のように、開発者から経営陣へのコミュニケーションが阻害されることはよくありますが、逆に経営陣からのトップダウンの変革メッセージも成功しないことが少なくありません。経営陣から「抜本的な変革が必要だ」という指示が出されても、開発者がそのメッセージを理解したとしても、変革に慣れていない企業文化が根付いている場合や、開発者が野心的なプロジェクトよりも楽な働き方を優先する場合、期待される結果は実現しません。

最終的に、経営陣が「今すぐ何かをしなければならない」と認識した時点で、緊急のM&A提案が持ち上がることが一般的です。しかし、こうした場合、スクリーニングプロセスが急ぎ足で進められ、ソフトウェアに関する実務経験が乏しいプロフェッショナルマネージャーや、手数料を得ることだけが目的のコンサルタントや銀行家が主導することが多いです。その結果、買収後に求められるシナジーや統合が実現せず、苦戦するケースがしばしば見られます。

バリュエーション

M&Aにおけるソフトウェア企業の評価は非常に複雑です。従来型の業界とは異なり、ソフトウェア業界の評価には、市場の変動性、無形資産、独特な会計上の課題、不確実な成長予測などの要因が影響しやすく、評価が過大または過小になるリスクが高まります。本節では、評価を複雑にする主な要因を探り、買収側が適正価格を超える支払いを避けるために考慮すべき重要なポイントを解説します。

市場の変動性とバリュエーションサイクル

ソフトウェア業界は、他業界に比べて顕著なバリュエーションサイクルを経験することで知られています。成長期には、投資家の熱狂によってソフトウェア企業のバリュエーションが実際の適正価値を大きく上回ることがよくあります。その一方で、経済の低迷期にはソフトウェア企業が最も大きな打撃を受ける傾向があり、バリュエーション額が大幅に引き下げられることがあります。このような状況は、目の利く買収者にとって魅力的な機会を提供することもあります。

買収側は、こうした市場の変動を認識し、バリュエーションがピークに達しているときに過剰な支払いを避ける一方、バリュエーションが下がったときには魅力的な取引を見逃さないよう調整する必要があります。たとえば、買収者がターゲット企業に対してEV/S(企業価値売上高倍率)20倍を支払うことを決定する場合、高成長を維持しつつ、ターゲット企業の営業パフォーマンスを向上させられるという確信が必要です。しかし、バリュエーションサイクルのピーク時には、それが極めて不確実であるというリスクを十分に理解する必要があります。

タイミングと成長段階の考慮

ソフトウェア企業の買収タイミングは、その評価額に大きな影響を与えます。最も有利な買収時期は、収益がまだ発生していない段階で、有望な製品、ロードマップ、優れたチームを備えている時です。次に良いタイミングは、GTM(市場参入)フェーズの初期で、企業が広く認知される前です。

企業がすでに市場で成功を収め始めている場合、バリュエーションは急速に上昇します。たとえば、サイバーセキュリティSaaSスタートアップであるWiz Securityは、50億ドルの評価額からわずか1年で120億ドルへと急成長しました。最近グーグルがWizの買収を検討した際には、クラウドセキュリティ市場での強い存在感と三桁成長を背景に、評価額は230億ドルにまで跳ね上がりました。このように、企業が認知された製品を持ち、成功を実証している段階に達すると、買収コストが大幅に増加する可能性があります。

買収側は、これらの成長段階を慎重に見極める必要があります。タイミングを逃すと、認知度の高い製品や実績のある企業に対して大きなプレミアムを支払う必要が生じることになるからです。

次章では、無形資産と会計上の複雑さやSaaS企業向け代替指標に関して詳しく解説していきます。

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※続きは「【Part 1 - ③】大手ソフトウェア企業によるM&Aが失敗しがちな理由とは?」をご覧ください。


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