なぜ米国市場の勢いは止まったのか?高関税と中東情勢が招く「不景気下の物価高」シナリオ


- 経済減速とインフレの懸念
経済指標の悪化と高関税が景気減速への懸念を強めています。インフレ圧力も根強く、スタグフレーション(景気後退下の物価高)のリスクが高まっています。 - FRBの慎重な金融政策
FRBはインフレと通商政策を警戒して金利を据え置きました。経済成長見通しを下方修正しており、年内2回の利下げ観測も不透明感が漂う状況です。 - 中東情勢と市場の不確実性
中東の地政学リスクが原油価格を押し上げ、市場の不透明感を増幅させています。夏場の株式市場は上値が重く、調整局面が続く可能性が高いとみられます。サンプル0623
市場の回復は一服、経済指標に陰り
市場の回復基調は息切れしたようで、祝日による短縮週となった先週、主要株価指数は横ばいで引けました。この背景には、高頻度経済データ(週次や月次で発表される速報性の高い経済指標)が失望的な内容となり始めたことが大きく影響していると私は考えています。先週発表された工業生産、住宅着工件数、建設許可件数、そして小売売上高は、いずれも市場予想を下回りました。
忍び寄る関税の影響、インフレ圧力はこれからが本番
さらに、コンファレンス・ボード(全米産業審議会)の景気先行指数(LEI)は、5月までの6ヶ月間で2.7%低下しました。これはその前の6ヶ月間の下落率1.4%のほぼ2倍にあたり、経済成長が著しく減速していることを示しています。加えて、今年に入ってからの全輸入品に対する実効関税率が2.5%から約15%へと引き上げられた影響が、夏に向けて消費者物価の上昇と企業収益の圧迫という形で現れ始めるでしょう。
(出所:Edward Jones)
トランプ政権の通商政策を支持する人々は、課された関税はインフレに何の影響も与えていないと主張します。事実、ここ数ヶ月のインフレ率はパンデミック以降で最も低い水準を記録しています。しかしこれは、企業が関税発効前に仕入れた低コストの在庫をまだ抱えているためです。一方で、先月のISM(供給管理協会)のサービス業景況感調査では、企業が支払う価格が2022年11月以来の最大の上げ幅を記録し、在庫は減少しました。したがって、関税による価格上昇はこれから本格化するのです。これこそが、FRB(米連邦準備制度理事会)が利下げを見送っている理由です。
(出所:Bloomberg)
PCE価格指数: 「個人消費支出価格指数」のこと。人々が実際に消費しているモノやサービスの価格動向を幅広く調査したもので、CPI(消費者物価指数)よりも調査範囲が広いのが特徴です。FRBはこちらを金融政策の判断材料として最重要視しています。
コア (core): 価格変動が激しい「食品」と「エネルギー」を除いた数値です。天候や地政学リスクなどで価格が乱高下しやすいこの2項目を除くことで、物価の基調的なトレンド(=本当のインフレの強さ)をより正確に把握することができます。
個人消費: 米国のGDP(国内総生産)の約7割を占める経済の牽引役です。この数値が強いか弱いかで、景気の良し悪しを判断します。
名目: 物価の変動を考慮に入れていない、金額そのものの増減を示します。
FRBは慎重姿勢を維持、景気後退下の物価高を警戒
先週のFOMC(連邦公開市場委員会)会合の結論として、FRBは短期金利を4.25%で据え置きました。これは、個人消費支出(PCE)価格指数で測ったコアインフレ率が4月には2.5%まで低下したにもかかわらず、です。FRB当局者たちは、トランプ政権の通商政策が今年から来年にかけて経済に悪影響を及ぼす可能性を懸念しています。この懸念は、彼らが今後3年間の経済成長率、失業率、インフレ率のコンセンサス見通しを示す、四半期ごとの経済見通し概要(SEP)の更新版にも表れています。
(出所:Federal Open Market Commitee.)
FRB当局者は、2025年の経済成長率予測を今年2度目の引き下げとなる1.4%へと修正し、一方で失業率とインフレ率の予測は引き上げました。これはまさにスタグフレーション(景気後退とインフレが同時に進行する状態)の定義そのものであり、私が今年後半の基本シナリオとして考えているものです。結果として、10人のFRB当局者が年内の利下げはないとの見方を示しましたが、コンセンサスとしては依然として年末までに2回の利下げが見込まれており、これも私の基本シナリオと一致します。結論として、通商政策が経済にどう影響するかという未知数な部分が大きいため、見通しには途方もない不確実性が存在します。したがって、より多くの情報が得られるまで追加の金融緩和を一時停止するという判断は理にかなっていると考えます。
中東情勢の緊迫化が新たなリスクに
FRBのこの決定は、先週末の出来事を受けてさらに先見の明があったと言えるでしょう。金曜日、トランプ大統領は、イランに対するイスラエルの攻撃に米国が加わるかどうかを2週間以内に決定すると述べました。そしてその24時間も経たないうちに、彼はイランの3つの核施設への爆撃を承認し、事態封じ込めの可能性は著しく低下しました。月曜の朝には原油価格が急騰し、イランがどう報復するかという不確実性への反応から、株価は急落する可能性があります。投資家にとっての主な懸念は、このエスカレーションが世界の輸送路、特に約2,000万バレルの石油と世界のLNG(液化天然ガス)供給の20%が通過するホルムズ海峡の流れを混乱させるかどうかです。イランはこの重要な水路を封鎖しようとするでしょうか?私の見解では、イランの報復能力は限定的であり、市場のいかなる悪影響も短期的なものに終わるでしょう。しかし、これらの新たな地政学的リスクにより、長期的には原油価格に一定のプレミアムが上乗せされ続ける可能性が高いです。
(出所:Bloomberg)
夏の株式市場は調整局面へ、上値の重い展開を予想
もし米国の中東紛争への関与が長期間にわたる原油価格の高騰を招くならば、それは来たるべきスタグフレーションの時期を、より高いインフレでさらに悪化させるだけでしょう。最終的には、物価上昇が成長を鈍化させ、労働市場を弱体化させ、FRBが追加の利下げで対応する状況になるはずですが、それが起こるのは今年の秋以降になる可能性が高いです。
不確実性の増大とスタグフレーションの組み合わせこそ、私がこの夏、S&P 500種株価指数が史上最高値を更新する前に5~10%の下落が起こる可能性が高いと見ている理由です。とはいえ、4月の安値以来、市場のテクニカルな地合いは劇的に強まり、市場のすそ野(上昇銘柄の広がり)も大きく改善しています。このことから、もし下落が起こったとしても、今年初めに見たものよりはるかに浅いものになると考えています。
市場の調整は、今年の3月と4月に見られたような記録的な急落といった「価格」を通じて起こることもあります。また、価格が横ばいで推移する「時間」を通じた調整期間として起こることもあります。私はこの2つの組み合わせが起こり、FRBの利下げサイクルがこの秋に再開されるまで、主要株価指数は夏の間レンジ相場に留まると予想しています。だからといって、個別株やセクターが市場全体を上回るパフォーマンスを示す機会がなくなるわけではありませんが、私が議論してきた山積する不確実性が後退し始めるまで、どちらもリスク回避という逆風に逆らって泳ぐことになるでしょう。
エネルギートレード
月曜朝の原油価格の急騰が十分に強く、WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)原油価格が1バレル80ドルを超えるようであれば、私は自身の「オールウェザーETFポートフォリオ」と「オールウェザーポートフォリオ」のコモディティ配分において、石油とガソリンの両ETFの利益を確定させるつもりです。この価格急騰が持続可能だとは考えていません。
今週の経済カレンダー
- 月曜日:PMI(購買担当者景気指数)速報値は、経済活動のリアルタイムな動向を知る上で私のお気に入りの指標であり、週初めの相場を動かす可能性があります。
- 火曜日:消費者信頼感指数は、関税による価格上昇がまだ本格的に現れていないため、4月の低水準から回復を続けるかもしれません。
- 木曜日:新規失業保険申請件数は、労働市場が軟化し始めている今、その重要性を増しています。
- 金曜日:5月の個人消費とインフレに関するデータは、消費の伸びが鈍化し、インフレ率が小幅に上昇することを示す可能性があります。