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07/15/2024

Part 2:インテル(INTC)のメモリー事業からPCへの転換:ムーア氏とノイス氏の戦略と革新がもたらした半導体業界における成功

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ウィリアム・ キーティングウィリアム・ キーティング
記事要約
  • インテル(INTC)の創設者ムーアとノイスは、当初メモリー事業に焦点を当て、磁気コアメモリーの高コストと遅さを改善する革新の余地があったため成功した。
  • 1969年、インテルは最初の製品であるショットキーダイオードランダムアクセスメモリーをリリースし、金属酸化膜半導体の開発に必要な収益を得ることができた。
  • 1972年、インテルは3インチウェハーへの移行を優先し、コスト削減と市場での優位性を確立したが、日本との競争が激化し、最終的にDRAM事業を1985年に終了した。
この記事は約 12 分で読むことができます。(記事文字数:約 6,200 文字)

※「Part 1:インテル(INTC)の共同創業者ゴードン・ムーアの追憶:インテルの歴史と半導体革命への道のり」の続き

インテル(INTC)とメモリー時代

当初、ムーアとノイスはメモリー事業に焦点を当てることを決めた。

これは幸運な選択であった。

ロジック回路に進むことも華々しい方向性であったかもしれないが、技術的にはまだ準備が整っていなかった。

一方、その当時の磁気コアメモリー技術は高価で遅く、つまり革新の余地があった。

余談ではあるが、これらの磁気コアメモリーの多くは、組み立てにかかる高い人件費のためにアジアで製造されていた。

例えば、1960年代には香港にAmpex Ferrotecという会社があり、最盛期には約3,800人の労働者を雇用していた。

インテル(INTC)の初期の製品選択を形作ったのは、技術的な考慮だけではなかった。

アーサー・ロックの監視の下で、彼らは財務に細心の注意を払い、できるだけ早く収益を伸ばすことに意欲を燃やしていた。

インテルの最初の製品は、設立からわずか1年後の1969年にリリースされた4101ショットキーダイオードランダムアクセスメモリーであった。

インテルのアーカイブの詳細はこちらよりご覧いただける。

(原文)The device would garner Intel needed revenue while its engineers worked to develop metal-oxide semiconductors. Intel correctly believed that metal-oxide semiconductors would perform better and cost less over the long run, but they required more R&D time, so the company courted an established market with Schottky RAM even as it sought to pioneer new technology to replace it.

(日本語訳)このデバイスは、インテルのエンジニアが金属酸化膜半導体の開発に取り組んでいる間に、インテルに必要な収益をもたらすものであった。インテルは金属酸化膜半導体が長期的により高性能でコストが低くなると正し

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