ヴィクトリアズ・シークレット(VSXY)の株価はこの1年でおよそ290%上昇し、同社は9月3日に第2四半期決算を発表します。オゼンピックに代表されるGLP-1という薬の普及が理由としてよく語られ、それ自体は事実ではあるのですが、上昇の説明としては語られすぎです。
この1年で利益は1.49倍(1株当たり3.00ドルから会社予想の4.475ドルへ)になりました。一方で、その利益に対して市場が払う値段の倍率は2.61倍(7.5倍から19.6倍へ)になっています。つまり株価上昇のおよそ7割は、会社が多く稼ぐようになったからではなく、市場が同じ1ドルの利益により高い値段を払うようになったことによるものです。
1年で株価が290%上昇した銘柄の現在地
話の前提となるGLP-1
この記事ではGLP-1という言葉が繰り返し出てきます。先にこれが何を指すのかを整理しておきます。
【補足】GLP-1とは
GLP-1受容体作動薬は、もともと2型糖尿病の治療薬として開発され、その後に体重が大きく減る効果で広く使われるようになった薬の総称です。オゼンピックやウゴービといった商品名で知られています。服用した人の体型が短期間で変わるため、衣料品や下着の買い替えが発生します。これがヴィクトリアズ・シークレットの追い風になっている、というのが市場でよく語られる筋書きです。ただしこれは一度買い替えれば落ち着く需要であって、売上の水準を継続的に押し上げ続けるものではない、という点がこの記事の論点のひとつになります。
1年前はPER7.5倍の「壊れた小売株」だった
1年前、この会社は22ドル前後で取引される立て直し途上の小売企業でした。2025年度の調整後1株当たり利益3.00ドルに対して、株価収益率(PER)にしておよそ7.5倍という水準です。それが今では88ドル近辺にあります。52週間の上昇率はおよそ290%で、同じ期間のS&P500の12〜13%とは比べものになりません。

(出典: Seeking Alpha)
誰もが挙げる転機は、6月2日に発表された第1四半期決算と、それに伴う業績見通しの引き上げです。既存店売上高は13%増と4四半期連続のプラス、調整後1株当たり利益は市場予想の0.30ドル前後に対して0.60ドルでした。調整後の売上総利益率は35.2%から37.6%へ、調整後の営業利益率は2.3%から5.1%へと2倍以上に拡大しています。
そのうえで経営陣は、通期の見通しを大きく引き上げました。

(出典: ヴィクトリアズ・シークレット決算資料をもとに筆者作成)
セケラCFOは、営業利益1億2000万ドルの引き上げの内訳を2つに分けて説明しています。5500万ドルが事業そのものの想定超過、6500万ドルが関税前提の改善によるものです。政権が課した輸入関税の一部が裁判所によって無効とされたことを受けたものでした。
290%上昇の中身を分解する
上昇の7割はPERの上昇だった
多くの報道で飛ばされているのが、この計算だと思います。
1年前は、1株当たり利益3.00ドルに対して株価が約22ドル。PERにして7.5倍です。現在は、2026年度の調整後1株当たり利益の会社予想4.35〜4.60ドル(中央値4.475ドル)に対して株価が約88ドル。PERにして19.6倍です。
- 利益成長の寄与:4.475 ÷ 3.00 = 1.49倍
- PERの拡大の寄与:19.6 ÷ 7.5 = 2.61倍
- 掛け合わせると:1.49 × 2.61 = 3.9倍(=約290%の株価上昇)

(出典: 筆者作成)
つまり、株価の動きのおよそ7割は市場が同じ1ドルの利益に対して違う値段を払うと決めたことによるもので、実際に会社が多く稼ぐようになったことによる部分はおよそ3割です。
これは需要が急に増えたときの形ではなく、低く沈んでいたPERが普通の水準へ戻るときの形です。ここが重要なのは、PERの上昇は一度きりの出来事だからです。7.5倍から20倍への上昇を、二度繰り返すことはできません。
ここから先の株価上昇は利益から出てくるしかありません。したがって9月3日に問われるのは、立て直しが本物かどうかではなく、すでに先払いされたPERに見合うところまで利益が育つかどうかです。
【補足】株価を「利益」と「PER」に分けて考える
株価は「1株当たり利益 × PER」で表せます。したがって株価が3.9倍になったとき、それが利益が増えたためなのか、市場が同じ利益により高い値段を払うようになったためなのかを、掛け算の形で分けることができます。前者は事業の成果として毎年積み上がりますが、後者は一度きりで、同じ幅をもう一度繰り返すことはできません。 上昇の中身がどちらに偏っているかを見ると、その先も同じペースが続き得るのかが判断しやすくなります。
GLP-1は何をどこまで説明できるのか
業界データは方向としては裏づけている
GLP-1が売上を押し上げたという話は、確かに説得力のある筋書きです。大幅に体重が落ちた多くの女性が衣料を買い替える必要に迫られ、売上が加速したという説明です。さらに言えば、そうした女性の一部が、より「セクシー」なブランドを選ぶようになったとも考えられます。
ヒラリー・スーパーCEOは2026年2月にFortune誌に対し、同社ではブラのアンダーバストと下着のサイズにおいて販売構成がおよそ3%小さい側へ振れたことを確認しており、これをGLP-1の普及によるものと説明しました。Circanaのデータも業界全体で同じ傾向を裏づけています。大きめのアンダーバスト(42以上)とDカップがシェアを落とす一方、中間から小さめのサイズがシェアを伸ばしています。
需要側では、Circanaの1月の調査で、GLP-1を使用中の人の80%が新しい衣料が必要になると考えており、55%がすでに購入していました。Bernsteinは、この分野が米国の衣料支出に年間30億〜130億ドルを上乗せし得ると試算しています。
それでも数字の規模が合わない
方向としてはいずれも追い風ですが、実際の数字はそこまで効いていない可能性があります。
米国の衣料市場はおよそ3800億〜4000億ドルです。ヴィクトリアズ・シークレットの2026年度の売上高見通しは70億3000万〜71億3000万ドルで、うち海外は第1四半期のペースから年換算しておよそ11億〜12億ドルです。すると米国の売上高は59億ドル前後、国内衣料市場のおよそ1.5%にあたります。
Bernsteinの試算をこの比率で按分すると、同社の取り分は年間で低い側なら4500万ドル、高い側でも1億9500万ドルほどになります。しかも買い替えが実際に起こる複数年にわたって分散します。同社はこの効果がもっとも集中する分野に偏っているので、思い切って3倍に重み付けしてみましょう。それでも1億3500万〜5億8500万ドルです。

(出典: 筆者作成)
比較する相手は何でしょうか。同社は今年度だけでおよそ5億2700万ドルの売上増を見込んでおり、Circanaは米国の衣料業界全体の2026年の成長率を約0.4%と予想しています。GLP-1の強気シナリオは複数年かけて訪れるもので、しかもこの会社が自力ですでにやっていることの1年分より小さいのです。
さらに言えば、経営陣は営業利益の見通しを1億2000万ドル引き上げたとき、そのうちGLP-1に帰属させた金額はゼロでした。 説明されたのは事業の想定超過と関税です。
実際に損益を動かしたもの
値引きをやめたことが効いた
この物語の地味なほうの説明は、値引き販売からの脱却です。調整後の売上総利益率は前年比240ベーシスポイント拡大しましたが、その中身は商品自体の利幅の改善と、値引きせずに定価で売れた比率の上昇でした。
UBSエビデンス・ラボの価格調査では、同社の値引き度合いを示す指標が前年比85ベーシスポイント低下しており、単に売れ筋の構成が良かったのではなく、実際に値引きの強度が下がっていたことを示しています。同ラボの流入データでは、第2四半期のサイト訪問数が前年比45%増、前四半期からは675ベーシスポイント加速していました。
スーパーCEOによる立て直しには、具体的な中身が伴っています。快適さと多様性を打ち出す方向へ数年かけて舵を切りながら凋落を止められなかった後、あからさまに「セクシー」なブランド像へ回帰したこと。ファッションショーの復活。ブラとPINKへの集中。そして18〜24歳の層でのシェア獲得を、以前より少ない値引きで達成したことです。
海外売上高は第1四半期に報告ベースで45%増えました。同社はまた、1億ドル分・220万株の自社株買いを、現在の株価をかなり下回る平均価格で実施しています。

(出典: ヴィクトリアズ・シークレット)
決算前の現在地
何がすでに織り込まれているか
第2四半期の会社見通しは、売上高15億9000万〜16億1500万ドル(9〜11%増)、営業利益9000万〜1億ドルです。
現在の株価に織り込まれているものを並べると、次のようになります。会社見通しの中央値に対してPERはおよそ19.6倍。証券会社のアナリストが使う予想ベースのPERは18倍前後ですが、その予想は会社見通しを上回る水準にあり、市場はすでに上振れ着地を前提にしているということです。
市場予想の目標株価は約93.60ドルで、現値からおよそ8%上。ただし目標株価は株価を追いかけてきたもので、先導してきたわけではありません。バークレイズは67ドルから108ドルへ、バンク・オブ・アメリカは95ドルから107ドルへ、JPモルガンは88ドルから110ドルへ、テルシーは決算を前に90ドルから100ドルへ引き上げています。一方でTDコーエンは80ドルで中立、UBSは95ドルで中立に置いています。
企業価値ベースの倍率(EV/EBITDA)はおよそ14倍。企業価値は95億5000万ドル前後で、そこには28億5000万ドルの有利子負債とリース債務が含まれ、これに対する現金は2億700万ドルです。空売り残高は約1100万株、発行済株式のおよそ14%にのぼり、ベータ値は2を超えています。

(出典: Seeking Alpha)
14%の空売りを抱えた状態での上振れと上方修正は、激しい株価上昇を生みます。 逆にPER20倍に対して市場予想の上値余地が8%しか残っていない状態での下方修正は、同じ動きをより速く逆向きに起こします。
決算はどちらに転んでもおかしくありません。ただ私自身は、VSXYは長期の視点で見れば妥当な水準にある銘柄だと考えています。AIによって事業が置き換えられる心配はまずなく、予想ベースのPEGは0.60です。
【補足】空売り比率とベータ値
空売り比率は、発行済株式のうちどれだけが空売りされているかを示します。この比率が高い銘柄は、株価が上がり始めると空売り側が買い戻しに動くため、上昇が加速しやすくなります。ベータ値は市場全体に対する値動きの大きさで、2を超えるということは市場が1%動くときにこの銘柄は2%以上動きやすい、という意味です。どちらも「上下どちらにも振れ幅が大きい」ことを示す指標であり、決算のような材料の前では特に効いてきます。
テクニカル面から見た位置
50日移動平均線の上で持ち合っている
テクニカルの面では、50日指数平滑移動平均線(EMA)の上で持ち合いが続いており、これはむしろ上への抜けが起こり得ると思わせる形です。RSIは中立、MACDは強気側へ転じようとしています。下では60ドル近辺に強い支持帯があり、長期の視点で見るならこのあたりが意識される水準だと考えています。

(出典: TrendSpider)
【補足】RSIとMACDとは
RSI(相対力指数)は、直近の値動きのうち上昇分がどれくらいの割合を占めるかを0〜100で表す指標です。一般に70を超えると買われすぎ、30を下回ると売られすぎとされ、中立圏にあるということはどちらにも偏っていない状態を指します。MACDは2本の移動平均線の差を使って勢いの向きを見る指標で、短期側が長期側を上抜けると上向きの勢いが強まったと解釈されます。
4つのリスク要因
関税、比較対象、買い替え需要、そして経営の集中
関税の揺り戻し。 会社見通しは7月まで通商法第122条に基づく10%の関税、その後は20%へ戻ることを前提とし、加えて第2四半期から第4四半期にかけて30ベーシスポイントの輸送費の逆風を織り込んでいます。引き上げ分のうち6500万ドルは、今後また動き得る司法判断のうえに乗っています。
比較対象が厳しくなる。 第1四半期の13%増という既存店売上高は、弱い前年を相手にしたものでした。利益率拡大の物語は、営業利益率2.3%からの回復であって、構造的に高い水準へ向かう歩みではありません。値引きの強度が正常化してしまえば、そこから先の利益率のてこは失われます。
GLP-1は需要の水準ではなく買い替えの波である。 衣料の買い替えは需要の先食いです。体重が動いている間は買い控え、落ち着いた時点で一度買い、その後は通常の買い替えペースに戻ります。押し上げ効果があったとしても減衰していきます。同時に、同じ流れは大きいサイズを扱う専門店には逆風として働き、手放された在庫は中古市場が吸収しています。
経営が一人に集中している。 これはCEO就任から18か月の、一人の経営者による物語であり、取締役会は株主提案をかろうじて乗り切ったばかりです。今のPERは、彼女が結果を出し続けることを前提にしています。
結論:PERの上昇は、もう終わっている
ヴィクトリアズ・シークレットは、本当に難しいことをやり遂げました。値引きで自らを削り続けるのをやめ、ブランドの立ち位置を作り直し、それを240ベーシスポイントの売上総利益率に変えたのです。それはPERが上がるだけの理由になりましたし、実際に上がりました。
しかしそのPERの上昇は、もう終わっています。 会社見通しに対して19.6倍、証券会社の目標株価は8%先、そして昨年の株価上昇のおよそ7割をPERの上昇が供給したという状態です。取りやすい部分は、7.5倍で買った人がすでに取っています。
GLP-1という筋書きは、確かに実在する追い風で、見出しにもなりやすいものです。ただ、その効果は過大に見積もられています。9月3日までは中立に見ており、PER20倍で勢いに乗って持つよりも、決算が失望に終わって15倍になった局面で持つほうが、私の好みに合う銘柄です。